傑作を撮るには

文・写真 大橋弘一
楽しさの理由
野鳥撮影は楽しい。しかし、なぜ楽しいのだろう。
私の場合、生活の一部、いや大部分を占める行為になっているから考えてもみなかったが、改めて分析してみると、楽しさの源泉は「思い通りにならない」ことにあるのではないだろうか。低い確率で思い通りに撮れてしまうことはあり、それはそれで大満足するわけだが、ほとんどは予期せぬ結果に終わる。相手は鳥だから当然で、次の機会にはその対策を考えて撮影に臨む。すると60%とか80%満足できる結果になることがある。80%より90%、90%より100%を目指して、日々その確率を上げていく努力や工夫をすることのくり返しだ。こうした行為が楽しさの理由なのではないかと思う。

"傑作"の定義
さて、それはさておき、求められる野鳥写真とはどういうものなのかを考えてみた。簡単には答えが出ないが、多くの人が撮りたいと思っているのは、おそらく、鳥の動きの一瞬をうまく止めた写真で、構図も背景も美しくまとまっているものだろう。もちろんピントや露出は正確でなければならない。写っている鳥が貴重な種であったり、滅多に見られないような生態を伝えるシーンであればなお良い。さらに付け加えるなら、まだ誰も撮ったことがないような場面。これらが高い次元でそろえば、それはもう傑作に違いない。多くのカメラマンがそういうものを目指して日々努力していると思う。
そのような"傑作"に少しでも近づけるために私が日頃から心掛けていることを、「構図」「背景処理」「光の読み方」の3要素に絞ってご紹介したい。

構図
まずは構図。『お手本でわかる!野鳥撮影術』で、構図の基本パターンをご紹介したが、私は実際の撮影では構図のパターンにはあまりこだわっていない。

鳥の視線方向を空ける意識だけもって撮りながら、"あ、このパターンに当てはめよう"と臨機応変に対処している。基本パターンは、必要な時にとっさに出てくる知識としてもっていればいい。何より重要なのは、日ごろから美的センスを磨く努力だ。構図を考えることは絵を描くことと同じで、撮り手のセンスが問われる。天性の感覚もあるだろうが、私は美意識を研ぎ澄ます訓練を日常的に実践すれば磨かれるものだと思っている。


背景処理
次に背景処理。これは、できるだけシンプルにするのが鉄則だ。簡単にいえば、被写体となる鳥の後ろの木々や景色などができるだけ遠くにある場所を選ぶことで、常にそういう意識を持って撮影に臨めば成功の確率が上がって来る。また、背景処理に効果的なのが、地面や水面にいる鳥を見下ろさずに撮ること。可能な限りカメラを低い位置に置き、可動式液晶モニターを使って撮れば鳥の目線の高さからの撮影となって背景が遠くなり、美しくボケてくれる。これだけでも見栄えのする写真になる。


光の読み方
最後に光の読み方。野鳥撮影に限らず、写真は光をどう読み、どう作画するかにかかっている。野鳥は順光で撮るのが基本だが、逆光を選ぶ方が効果的な場合もある。そのような判断を常に強いられるのが写真撮影である。ひとつだけ、光の読み方の大原則を言えば、基本的に曇り空の時に撮影することだ。晴れたときは葉や枝の影が鳥に写り込んでしまうだけでなく、超望遠レンズは空気まで圧縮するので、晴天時には陽炎などの影響で画質が極端に落ちる。晴れていても鳥に十分に近づければ画質が維持できるが、そういう状況はなかなか巡ってこない。どうしても晴れた日に撮る場合は、早朝と夕方の光の柔らかい時間帯を選ぶか、日陰があれば目的の鳥が陰に入ったときに撮る。こうしたことを心がければ、光がよく回り、細部まで鮮明に見える写真が撮れる。


野鳥写真は科学写真である。芸術性よりも記録性が重要な写真分野といえるが、その範疇でできるだけ美しい作品にしたい。そうすれば、鳥の魅力もそれだけ広く伝わるに違いない。私は、そんな思いで野鳥を撮っている。
Profile
大橋弘一
野鳥写真家。書籍・雑誌等への写真提供をメインに,図鑑や各種ガイドブックの執筆・編集・監修など制作業務を広範囲にこなす。鳥名の語源由来や人との関わりを探求した野鳥解説で独自の境地を拓き,NHK「ラジオ深夜便」の「鳥の雑学ノート」も好評を博した。『野鳥の呼び名事典』(世界文化社),『鳥の名前』(東京書籍)など著書多数。近著『ビジュアル図鑑 北海道の鳥』を北海道新聞社から出版予定。日本鳥学会,日本野鳥の会,日本自然科学写真協会各会員。
ウェルカム北海道野鳥倶楽部主宰。
公式サイトhttps://ohashi.naturally.jpn.com/